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IQと宗教の関係

宗教とIQの関係

IQと宗教の負の相関関係

IQと宗教には、負の相関関係が見られます。

知性の高い個人は、森羅万象を科学的で合理的な概念で理解しようとします。しかし、知性の範囲が下がるにつれて、その人は説明のできない現象を説明するために、ますます多くの超自然体的実体に頼るようになります。

これは、無神論 → 一神教 → 多神教 → 精霊信仰 → と続きます。

例えば、干ばつにより畑が不毛の大地に変わり果てたとします。
無神論者は干ばつの原因をオゾンホールの変化や太陽活動の影響であると説明し、解決策を治水や科学技術に求めるかもしれません。
アミニストは干ばつの原因を精霊の祟りや呪いであると説明し、解決策を生け贄や呪文に求めるかもしれません。

要するに、神の存在を信じない人ほどIQが高い傾向があります。

ちなみに私は無宗教の汎神論者です。

IQと理性の関係

IQ信仰とスピリチュアル信仰の間には溝があるように思われます。

これはイノベーター理論とキャズム理論の深い谷を連想させます。

メディアに露出している一部のIQが高い方はスピリチュアルなことに拒否感があるようです。ポジショントークの場合もありますが、この手の話を嫌い、科学的な説明ができないからとスピリチュアルなことを公では否定します。

17世紀の哲学者カントは、学問の範囲を五感が知り得ることができる範囲に限定しました。

理性は大きくて複雑な量のデータを扱うことができます。迅速に正しい決定をすること、関係性の複雑さや深さのレベル、微妙な違いを区別し、理解することができます。抽象的な概念や象徴的な発想を活用することできます。

理性はその力で自然を切り開き、森羅万象の働きに名前をつけました。これは逆説的に、理性の領域を超えた力の前に降伏することを妨害します。

理性の短所は、概念や理論についつい夢中になり、局所的な視野に陥ることです。成功体験により、理性を働かせることが最終目的になってしまうことです。

この状態は因果関係の正しい理解を制限します。

理性を越えるとき

目の前にいる人を助けたいと願ったとき、隣人に愛を注ぎたいと願ったとき、人としての人格が障害のように感じる時があります。私はこのような経験を連続して体験する過程で、理性(エゴ)の降伏によって、愛の力は理性を超越する体験をしました。

参考文献

IQ By Religion

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